Bridging Strategy and Reality

"現場に息づくテクノロジーを。経営の想いと現場の声、その間をつなぐ存在として。"

#5:見えない脅威と、見て見ぬふりの代償―セキュリティを“義務”から“競争力”へ―

2025.10.25|早瀬 亘

止まったのはシステムだけではない ― 最近の出来事から

最近のニュースで日本国内の複数の企業がサイバー攻撃を受け、物流やECの仕組みが一時的に停止しました。
代表的な例として、アスクルやアサヒグループでは、オンライン販売や出荷システムの障害が発生し、業務が大きく影響を受けました。
こうした被害は、次のような形で企業活動全体に波及します。

被害の範囲は自社だけにとどまらず、取引網全体を巻き込む可能性があることが改めて浮き彫りになりました。
こうした報道を見るたびに、私はある企業のCIOとの面談を思い出します。

「見つけたら、対応しなければならなくなる」

当時、私は外資系のコンサルティング会社で、セキュリティ領域のソリューション提案を担当していました。
その会社は、組織体制の立ち上げ支援から、社内文書体系の整備、ヒューマンセントリックなe-learningによる教育、そして実行支援までを一貫して提供できる体制を持っていました。
ある日、問い合わせをくださった企業のCIOにお会いした際、まずは課題を“見える化”する第一歩として、自社ドメインを対象にした脆弱性診断を実施してみませんかとご提案しました。
ところが、そのCIOはこう言いました。

「そんなことをして課題が明らかになったら、対処しなければならなくなる。
今でさえ仕事に追われているのに、実際に発生するか分からないリスクの対応なんかしている余裕がない。」

その言葉に、わたしは正直なところ、半ば呆れた気持ちでした。
従業員300名を超える立派な会社のCIOが、そんな理由で課題を先送りにするのか――と。
一瞬、無責任にも思えました。
しかし、次第にその背景にある現実が見えてきました。
現場はすでに疲弊し、優先度の高い施策が山積みで、「分かっていても動けない」状態にあったのです。
自分が逆の立場なら、同じように“臭いものにふたをしたい”気持ちになっていたかもしれない――
そう思うと、単なる無責任ではなく、組織としての限界の表れだと感じました。

当時の私たちは、「今すぐの対応が難しくても、今後の計画に落とし込むところからご支援できます」とお伝えしました。
経営層への説明やリスクの優先度付け、事業計画への反映といった具体的な整理を進めることで、段階的な対応も可能だったはずです。
しかし、最終的にはその提案は採用されませんでした。

半年後に届いたニュース

それから半年ほど経ったころ、その企業がサイバー攻撃を受けたというニュースが流れました。
被害は深刻で、数万件に及ぶ従業員・顧客・取引先の情報が流出したと報じられていました。
あの面談でのCIOの表情が、今でも鮮明に思い出されます。

ITの問題ではなく、経営の課題として捉える

この経験を通して痛感したのは、セキュリティはIT部門の課題ではなく、経営の意思決定そのものだということです。
攻撃対象はシステム単体ではなく、組織の信用・事業継続・顧客関係そのものに広がっています。
そして、対応できるリソースが足りないからこそ、「どう備えるか」を経営課題として先に議論する必要があるのです。

加害者にもなりうる、サプライチェーン時代の現実

サイバー攻撃の怖さは、被害が自社だけで完結しない点にあります。
自社のサーバが乗っ取られ、取引先への攻撃の“踏み台”となるケースも少なくありません。
つまり、自社は被害者であると同時に、知らぬ間に加害者にもなりうるのです。
これは大企業だけの問題ではなく、製品ライフサイクルや物流を支える中小の事業者も例外ではありません。
サプライチェーンのどこか一社が脆弱であれば、その影響は取引網全体に波及します。
セキュリティは、もはや企業単位ではなく「共通の社会的インフラ」として考えるべき時代に入りつつあります。

「何か起きてから考える」からの転換を

近年では、クラウド環境を活用した早期復旧(BCP/DR)や、脆弱性を常時可視化するセキュリティ・モニタリングサービスなど、技術的な手段も整いつつあります。
しかし、どれほど技術が進化しても、最初の一歩は“意思決定”から始まります。
あのCIOも、経営層に説明しきれないまま一人で板挟みになっていたのかもしれません。
私たちコンサルタントが果たすべき役割は、技術よりもむしろ、その意思決定の重さを一緒に担うことだと考えています。

わたしにできること ― 現実的なセキュリティ支援を地域へ

私はこれまで、情報漏洩防止システムの導入支援、セキュリティ教育システムのグローバル展開、セキュリティ文書体系の構築など、幅広いプロジェクトに携わってきました。
そこで得た学びは、セキュリティは単なる技術ではなく、経営・業務・人の三層をつなぐ仕組みづくりであるということです。

小規模事業者の方に対しても、次のような形でのご支援が可能です:

専門的な対策だけでなく、「人」「仕組み」「運用」を含めた実装支援によって、
経営のリスクマネジメントと信頼構築の両立をサポートしていきたいと考えています。

おわりに ― 備えはコストではなく、信頼構築の資産

セキュリティ対策は「費用対効果」で語られがちですが、“信頼を守るための投資”と捉え直す必要があります。
信頼は、一度失えば取り戻すのに何年もかかる。だからこそ、“いま”備える意味がある。
それは、自社のためだけでなく、取引先・顧客・社会全体を守るための責任でもあります。
そんな当たり前のことを、あの出来事は改めて教えてくれました。