#3:“使われるDX”をつくる―筆者の経験したプロジェクト事例から―
2025.6.8|早瀬 亘
「導入したけど使われない」DXツールに潜む落とし穴
昨今、働き方改革やDX推進の流れの中で、多くの企業がコミュニケーションツールやコラボレーション基盤の導入に取り組んでいます。しかし、「導入したけど結局使われない」「結局、メールと変わらない」といった声が後を絶ちません。
前回の記事では、DXの考え方や背景について少し抽象的な側面からお話ししましたが、今回は実際に筆者が支援したプロジェクトの中で何が起こっていたのか――そのリアルをご紹介したいと思います。
ご紹介するのは、単体1,000人以上・連結で2万人超の企業におけるMicrosoft Teams定着化プロジェクト。
なぜDXが“定着しない”のか、そして“使われるDX”にするには何が必要なのかを、現場の視点から具体的にお伝えします。
ツール導入では終わらせない──私たちの役割は“定着”の設計だった
当時のお客さまは、法規制対応に多くの経営資源を割かざるを得ず、DXの波に乗り遅れている状況でした。
ようやくDXや働き方改革といった前向きな施策に注力できるタイミングを迎え、組織・制度・システムの全体改革を進める中、筆者はその一環としてMicrosoft Teamsの定着化支援を担当しました。
なお、システム導入そのものはSIベンダーが担っており、私たちのミッションは「どうすればユーザーに使ってもらえるか」を考え、仕組みを設計・実行することでした。
お客さまの期待としては、以下のような変革が求められていました:
- 根回し文化による非効率な意思決定プロセスの見直し
- 個人メールによる情報の属人化の解消
- 文書の共同編集による業務効率化とペーパーレス化の推進
過去にはSlackの導入実績もありましたが、「メールの置き換えツール」としてしか認識されず、多くの社員から“メールでいいじゃん”と一蹴され、定着には至りませんでした。
その反省を踏まえ、「ただのツール展開」ではなく、「組織文化と業務プロセスの変革」を見据えたアプローチが求められていました。
“使われる状態”をつくるための5つの仕掛け
私たちが実際に行った施策は以下の通りです:
- パイロット展開の設計:利用定着の可能性が高い部署を選定し、最初の“成功体験”を確立
- エバンジェリスト制度の導入:各パイロット部署から導入リーダーとなる社員を任命し、現場主導での推進体制を構築
- 利用シーン別マニュアル整備:単なる機能説明ではなく、「稟議承認の調整をTeamsでやるとこうなる」など、実業務に沿った活用シナリオを設計
- KPI設計と効果測定:利用率や投稿内容の分析を通じて、施策の効果を定量的に把握
- 全社展開に向けたコミュニケーション施策:全社ポータルでの告知記事や、説明会・活用セミナーを企画・運営
定着を阻むのは技術ではなく「組織の文脈」と「人の行動」だった
このプロジェクトを通じて改めて感じたのは、DXにおける本当の課題は「技術」ではなく、「文脈」と「人の行動」であるということです。
どれだけ優れたツールであっても、業務理解や納得感がなければ現場には定着しません。そして導入を支援する私たちが、その組織特有の文化や、過去の失敗への“感度”を持てるかどうかが、成否を分けるポイントだと実感しました。
DXは導入で終わらない──「行動変容」に寄り添う支援をこれからも
当時実施したアプローチは、いずれも一定の実績と再現性のある施策だと感じています。
しかし、それらをそのまま別の企業に適用すれば必ず成功するわけではありません。業種・組織規模・風土や文化によって、DXが抱える本質的な課題は千差万別です。
だからこそ、今後も単なるツール導入を超え、「どのように定着させ、行動変容を促すか」に焦点をあて、その組織に合ったテーラーメイドの支援を提供していきたいと思います。
同じような課題を抱える企業や担当者の方にとって、少しでも参考になれば幸いです。